化物

頭上から落ちてきた大きな水の塊が僕の頭を殴る。ポタポタと顔を滑り落ちる黒ずんだ水滴に濡れて纏わりついた髪の毛を指で押し退け、水の落ちてきた方を見上げれば、トイレ掃除用のバケツを手に、ニヤニヤと笑いながら全身濡れ鼠となった僕を見下ろすクラス…

誘惑

学校の屋上から見下ろす地面は遥か遠い。それはまるでどれほど手を伸ばしても届かない夕暮れの空のように。けれど、きっと、それは遠く見えるだけで、本当は思ったよりも近いのだろう。ほら、ほんのちょっと、手を。手を伸ばせば。花壇やアスファルトがひび…

宵待草

当夜は待宵である。望月を明日(みやうにち)に扣(ひか)へた月姫は、然(しか)し今宵は何やら機嫌を損ねてゐるやうで、其(そ)の美くしい白肌の顔(かんばせ)を薄雲の簾(すだれ)の奥へと引つ込めてゐる。籤(ひご)の隙間から注がるる彼女の艶(あで…

ALICE

ギャア、ギャア、ギャア、ギャア……。頭の中にカラスの嬌声がこだまする。私は窓際の、前から三番目の席で頬杖をついて、そのなんとも不愉快なトロイメライにそっと耳を傾けていた。ほろほろと崩れ落ちる夕日の明かりが窓の向こう側からハチミツのように溢れ…

ごちそうさま。

箸で運んだ肉を奥歯の平で噛み締めると、果実を絞ったかのように肉汁が中から溢れ出す。咀嚼すれば口内で繊維が蕩けて、角砂糖みたいにほろほろと崩れた。ごくん。喉を鳴らして呑み込めば、微かな甘みがほわっと広がるとともに咽喉を流れ、食道をずるずると…